手術後、口が開きにくくて、大きな食べ物を口に入れられない。口元が下がったり、顔の左右差が気になったりする。
私が言語聴覚士(ST)として関わる中でも、こうした困りごとがあります。話しにくさも重なると、食事や会話のたびに気になりますよね。
自宅で取り組める練習はあります。ただ、何を動かしてよいかは、手術した場所や傷の治り方によって違います。 顔の体操をたくさんすればよい、という話ではありません。
この記事は、舌がん・歯肉がんなど、口の中や頭頸部の手術を受けたご本人とご家族に向けています。手術直後の方は、退院時の指示を優先してくださいね。
口が開きにくいことと、顔の左右差は分けて考える
口を十分に開けられない状態を「開口障害」といいます。食べ物を入れるだけでなく、歯磨きや歯科の診察にも影響します。
手術や放射線治療の後には、口を動かす周りの組織が硬くなり、開けにくさにつながることがあります。治療直後だけでなく、時間がたってから出る場合もあります。MSKの開口障害の説明
一方、顔の左右差は、口の開き具合だけでは説明できません。切除した部分や再建した部分の形、腫れ、神経や筋肉の働きなどを確認する必要があります。
例えば、舌がんの手術では、切除の範囲に応じて、別の場所の組織を使って形や機能を補う「再建」を行うことがあります。見た目が変わったからといって、すべてが筋力不足というわけではありません。国立がん研究センター:舌がんの治療
口の開けやすさ、口元の動き、見た目。それぞれ何が原因かを確かめてから、練習を選びます。 口の開きがよくなっても、顔が左右対称になるとは限りません。
「STに任せる」と言われたら、何を確認する?
私自身、主治医から細かな練習内容の指示がなく、STに任される場面が多かったです。だからこそ、根拠を調べながら、何ができるのかを整理したいと思いました。
ただ、練習内容を任されたことと、どんな動かし方でも安全なことは別です。なので、STから手術を担当した医師へ、次の点を確認してもらうと進めやすくなります。
- 口を開く練習を、今から始めてよいか。
- 再建した部分や骨、傷に、動かす範囲の制限はあるか。
- 頬や首を触ったり、押したりしてよいか。
- どの症状が出たら中止し、誰に連絡するか。
ご家族が手術の内容を全部説明できなくても大丈夫です。
ここで注意して欲しいことは、首のリンパ節を取る手術を受けた方も、口の手術を受けた方と同じメニューとは限らないということ。がん以外の手術後も、原因や術式を確認せずにこの記事の練習を当てはめないでください。

自主トレは「一緒に確認した動き」を家で続ける
最初の一回は、担当者の前で実際に動かしてみてください。説明を聞いただけより、本人の動きを見てもらう方が、力の入れすぎや痛みに気づきやすくなります。
口をゆっくり開けて戻す練習
口を開ける運動が許可され、やり方を教わった方のための流れです。
- 楽な姿勢で座り、肩の力を抜きます。
- 息を止めずに、教わった範囲でゆっくり口を開きます。
- 痛みのない範囲から、ゆっくり元に戻します。
- 一呼吸休み、決めた回数で終えます。
鏡は、動かし方を確認するために使えます。ただし、左右をそろえようとして、口を引っ張る必要はありません。
回数や、開いたまま保つ秒数は、担当者に決めてもらいましょう。医療機関の公開資料にも運動例はありますが、手術後は開始前の安全確認が必要とされています。MSKの患者向け資料
この記事では、一律の「10回」「10秒」は指定しません。 再建の有無や治療中の痛みが違う方に、同じ負荷を勧めないためです。
自分に合う自主訓練を選ぶには? 具体例を紹介
「確認が大切なのは分かったけれど、結局どんな練習があるの?」と思いますよね。ここでは、担当者と相談するときに使える例を紹介します。
全部を行うメニューではありません。手術を担当した医師とSTに、自分が行ってよい動き・回数・保つ時間を確認してから始めてください。 食べ物や飲み物を口に入れたまま行う練習ではありません。
① 口が開きにくい:あごを動かす練習
基本は、先ほど紹介した「ゆっくり開けて戻す」練習です。担当者が必要と判断した場合は、下あごを左右に動かす練習を組み合わせることもあります。
- 鏡の前で、頭を大きく動かさないようにします。
- 下あごを、教わった範囲でゆっくり左へ動かし、中央へ戻します。
- 同じように右へ動かし、中央へ戻します。
顔の左右差を直すために、片側へ強く押す練習ではありません。 あごの骨や関節に関わる手術を受けた方は、横に動かしてよいかも確認が必要です。
動きの図は、MSKの開口障害の資料(英語・図付き)にあります。資料内の「Active range of motion and stretching exercises」が、自分であごを動かす運動です。指で押し広げる方法も載っていますが、自己判断では追加しないでください。
② 舌が動かしにくい:前・左右へ動かす練習
舌を動かす練習が許可された方に、次のような方法があります。
- 鏡を見ながら、舌を無理のないところまで前へ出し、戻します。
- 舌先を左の口角へ向けて動かし、戻します。
- 右側も同じように動かします。
届かなくても、指で引っ張ったり、傷が痛むまで伸ばしたりしなくて大丈夫です。左右とも同じ距離まで動かすことを目標にせず、担当者と確認した範囲で行います。
ケンブリッジ大学病院の舌の運動(英語・イラスト付き)で、動かす方向を確認できます。ただし、これは舌の運動全般の資料で、口腔がん術後の全員に当てはまるものではありません。歯ブラシで舌を押す運動などもありますが、まずは許可された動きだけにしましょう。
再建した舌が、手術前と同じように動くとは限りません。 「動かないのは練習不足」と責めず、今ある動きで食べる・話す方法もSTと探していきます。
③ 話しにくい:音から、普段使う言葉へ
舌の体操だけではなく、実際に声にして練習する方法もあります。
オックスフォード大学病院の術後資料(英語PDF・3ページ)では、舌を動かす運動と、舌の前方・後方を使う音の練習を紹介しています。この資料は、再建を伴わない舌の部分切除・頬粘膜の切除を受ける方向けです。 開始時期や回数を、再建手術後の方にそのまま当てはめることはできません。
日本語で練習内容を相談するなら、例えば次のような流れです。以下の日本語の言葉は、資料の直訳ではなく、練習を組み立てるための例です。
- STと、伝わりにくい音を確かめます。例えば「た」「か」などです。
- 選んだ音を、急がず一音ずつ言います。大声や早口にする必要はありません。
- 「た」なら「タオル」、「か」なら「かさ」など、使いたい言葉で試します。
- 「タオルをください」など、生活で使う短い言葉へつなげます。
ご家族には、毎回言い直させるより、「どの言葉が伝わったか」を教えてもらいましょう。痛みや疲れが出る前に区切り、伝わりにくい言葉は次のリハビリで相談します。
口元の下がりには「うー・いー」をすればいい?
見た目だけで、唇の体操を選ぶことはできません。 傷の引きつれ、切除・再建による形の変化、神経の働きなどで対応が違うためです。
「口を閉じにくい」「飲み物がこぼれる」「笑ったときの左右差が気になる」と、困る場面を具体的に伝えてください。そのうえで、唇を閉じる練習などが必要かを見てもらいます。左右差を消そうと、強く口角を引いたり、何度も大きな表情を作ったりする練習は勧めません。
自分で追加しない方がよいこと
- 指や器具を使って、口を押し広げる。
- 傷や再建した部分を、強くもむ。
- 首の腫れを自己判断でマッサージする。
- 痛みを我慢して、回数を増やす。
器具を使う練習やマッサージが、すべて悪いわけではありません。必要な人に、方法を選んで行うものです。ネットの動画を見て、今のメニューに足す前に確認してください。
口元の下がりや話しにくさも、同じ開口練習だけで解決するとは限りません。唇・舌・あごのどこが動かしにくいかを見てもらい、必要な練習を分けます。
自主トレには効果がある? 研究で分かっていること
自宅で続けられる方法は研究されています。ただ、「手術後の誰にでも効く決まったメニュー」が確立しているとは言えません。
2025年掲載の研究では、頭頸部がんの治療後の方に、全身の運動も含めた個別の自宅練習を行い、いくつかの機能や症状の改善が報告されています。これは担当者から毎週の電話支援もあり、口の体操だけを一人で続けた研究ではありません。
練習をしない群との比較がないため、自然な回復などの影響と、練習の効果はわかっていません。また、痛みなどの有害事象も報告されており、「自宅なら何をしても安全」という意味でもないので注意しましょう。個別化した自宅練習の研究
別の研究では、放射線治療を受ける89人を二つの群に分け、予防的な練習を調べています。治療後約1か月では、口の開きなどに明確な効果は確認されませんでした。この研究は、がんの手術を予定した方を対象から外しています。Peterssonらの研究(2025年掲載)
つまり、この結果だけで「手術後の練習は無意味」とも、「同じ練習をすればよくなる」とも言えません。
私は、効くかどうかを一人で判断して続けるより、食べやすさや痛みを担当者と確かめながら、練習を調整できる形にしたいと思います。顔の左右差が気になる場合は、口の開きとは別に、見た目の相談もしてよいと思っています。
今日の食事を少し楽にする工夫
私が関わる中では、口が開きにくく、大きな食べ物が入らないことが困りごとになります。練習の成果を待つ間も、毎日の食事は続きますよね。
食事の許可が出ている方は、今指示されている食事の形を守りながら、次のことを相談してみてください。
- 口に入りやすい大きさや厚みにしてよいか。
- 小ぶりで浅いスプーンの方が使いやすいか。
- 硬さやパサつきも、食べにくさにつながっていないか。
例えば、大きな一口で食べようとせず、無理なく口に入る量を確かめる、という考え方です。食具を変える場合も、食べ物を唇で取り込みやすいかまで見てもらいましょう。
ただし、口に入ることと、安全に飲み込めることは別です。 細かく刻めばよいとは限りません。むせ、口の中の食べ残し、食事量の減少があるときは、STや管理栄養士へ伝えてください。

見た目の悩みも、遠慮せずに話していい
口元の下がりや顔の左右差は、鏡を見たり、人と話したりする場面で気になるかもしれません。「食べられるなら、それで十分」と、ご本人の気持ちを片づけたくないです。
がんの治療後には、外見と機能を補うための治療や支援もあります。手術を担当した医師に、リハビリだけで対応するのか、形成外科や歯科などへの相談も必要かを尋ねられます。米国国立がん研究所:口唇・口腔がんの治療
話しにくさは、舌や唇の動きだけでなく、形の変化も関係します。大きな声を出す練習を増やす前に、「どの言葉が伝わりにくいか」をSTと確認しましょう。
相談先が分からないときは、病院のがん相談支援センターへ。機能の回復だけでなく、生活上の困りごとに合わせて複数の職種が関わるのが、がんのリハビリテーションです。国立がん研究センター:がんとリハビリテーション医療
次の診察には、こんなメモがあると伝えやすい
練習した回数だけでなく、「生活でどう困ったか」を残しておくのがおすすめです。例えば、次のような項目です。
- いつから、どんな食べ物が口に入りにくいか。
- 練習中や練習後に、痛みがあったか。
- 食事の量や時間が、以前と変わったか。
- 口元の動きや話しにくさで、気になったこと。
無理に指を入れて開き具合を測る必要はありません。測る場合は、歯や傷の状態に合った方法を担当者から教わってください。
練習で痛みが出たら中止し、担当者へ相談します。急に腫れる、発熱や出血がある、口が前より開かなくなるときも、練習量を増やす前に手術を受けた病院へ連絡してください。息苦しい、唾液も飲み込めないなど急な悪化がある場合は、救急受診が必要です。
私が目指したいのは、ただ大きく口を開けられることではありません。食事が少し楽になる、話したいことを伝えやすくなる。本人が困っていることを、練習の目標にしていきたいです。
まずは「この動きを家でしてよいか」「何回、どのくらい続けるか」を、実際の動きと一緒に確認してみてください。
参考資料
- Cambridge University Hospitals:Tongue exercises(舌の運動・図付き)
- Oxford University Hospitals:Partial Glossectomy or Buccal Resection without reconstruction(再建を伴わない手術の患者向け資料・PDF)
- 国立がん研究センター:舌がんの治療
- 国立がん研究センター:がんとリハビリテーション医療
- Memorial Sloan Kettering Cancer Center:Managing Trismus After Treatment for Head and Neck Cancer
- Petersson et al.:Preventing radiation-induced dysphagia and trismus in head and neck cancer—A randomized controlled trial
- Individualized home training in head and neck cancer patients:OSHO #94
- National Cancer Institute:Lip and Oral Cavity Cancer Treatment
資料確認日:2026年9月18日。この記事は一般的な情報です。手術を担当した医師・歯科医師と、リハビリ担当者による個別の指示を優先してください。
