失語症の家族とコミュニケーションをとる時、
「50音表を使えばいいのかな」
「絵カードを買った方がいいのかな」
「スマホアプリの方が便利なのかな」
と迷うことがあると思います。
私も現場で、50音表、絵カード、文字、スマホなどを使ってきました。
ただ、使ってみて思うのは、50音表がいつも使いやすいとは限らないということです。
選択肢が多いと、かえって迷う方もいます。
さらに漢字が入ると、そこで止まってしまう方もいます。
この記事では、現役STの私が、失語症の方との会話で使いやすい道具の選び方を、初心者にも分かるようにまとめます。
大事なのは、道具をたくさんそろえることではありません。
本人に合う方法を、焦らず一緒に探すことです。
※本記事は一般的な情報提供です。失語症の症状や使いやすい道具は一人ひとり違います。困りごとが強い場合は、主治医・言語聴覚士・地域の相談窓口に相談してください。
結論|会話道具は「本人に合うか」で選ぶ
最初に結論です。
失語症の会話道具は、便利そうなものを買うより、本人が使いやすいかで選ぶことが大切です。
具体的には、次のように考えると分かりやすいです。
- 文字が読める人なら、短い文字メモ
- 文字が難しい人なら、絵や写真
- 選択肢が多いと迷う人なら、2択から
- スマホに慣れている人なら、写真やメモアプリ
- 50音表で混乱する人なら、無理に使わない

50音表は有名なので、家族も「これが正解」と思いやすいです。
でも、実際には50音表を見ても、文字を選ぶことが難しくて諦めてしまう方もいます。
「あいうえお」が並んでいるだけでも、失語症の方にとっては情報量がかなり多いことがあるんです。
だから私は、まずこう進めています。
この人は、どの方法なら疲れずに伝えられるかな?
ここから始めるのが、いちばん失敗しにくいと思います。
失語症とは|言葉の出し入れが難しくなる状態
失語症は、脳卒中や脳の病気などのあとに起こることがある、言葉の障害です。
国立障害者リハビリテーションセンターでは、失語症を、脳損傷などによって「聞く・話す・読む・書く・計算」に障害が出て、コミュニケーションや社会生活に支障が出る状態と説明しています。
💡 ざっくり言うと
頭の中に考えはあるのに、言葉を聞く、話す、読む、書くという道具がうまく使えない状態です。
ここで大事なのは、失語症は「耳が聞こえない」だけでも、「認知症」だけでもないということです。
言葉の理解が難しい方もいれば、理解はあるのに言葉が出にくい方もいます。
文字が読める方もいれば、文字を見るとかえって混乱する方もいる。
だから、会話道具も一人ひとり違います。
50音表が合う方もいる。
絵カードが合う方もいる。
家族写真や実物の方が伝わる方もいる。
「失語症ならこれ」と決めないことが大切です。
50音表は便利。でも万能ではない
50音表は、失語症の会話支援でよく使われる道具です。
たとえば「みず」と言いたい時に、「み」「ず」と指さすようなイメージですね。
うまく使える方にとっては、とても心強い道具になります。
でも、私の現場感としては、50音表が逆に難しい方もいます。
理由は、失語によって言葉と文字が結びついていないから。
「あ、い、う、え、お……」
全部の文字が目の前に並ぶと、どこを探せばいいか分からなくなる。
本人は伝えたい気持ちがあるのに、文字を探すところで疲れてしまう。
そうなると、会話道具のはずが、会話の負担になってしまいます。

とくに、次のような時は注意が必要です。
- 文字を探すのに時間がかかる
- 指さしが途中で止まる
- 何度も表を見直して疲れている
- 家族が「ここ?これ?」と急かしてしまう
- 本人が表を見るのを嫌がる
この場合は、50音表にこだわらなくて大丈夫です。
むしろ、選択肢を減らした方が伝わりやすいことがあります。
選択肢が多いと、かえって伝わりにくい
家族がやりがちなことの一つに、選択肢をたくさん出すことがあります。
「お茶?水?ジュース?牛乳?コーヒー?味噌汁?」
気持ちはすごく分かります。
早く分かってあげたいし、本人の希望に近づきたいですよね。
でも、失語症の方にとっては、選択肢が多すぎると処理が追いつかないことがあります。
私なら、まず2択にします。
「お茶?水?」
それでも難しければ、実物を見せます。
お茶のコップと水のコップを見せて、指さしてもらう。
それでも難しい時は、「お茶、飲む?」と、はい・いいえで答えられる形にします。
会話を助けるコツは、相手の力を試すことではありません。
本人が答えやすい形に、こちらが合わせることです。
漢字は分かりやすいとは限らない
家族が良かれと思って、文字を書いて見せることもあります。
これ自体は、とても良い工夫です。
NIDCDも、家族が短く分かりやすい言葉を使ったり、必要に応じて言葉を書いて意味を確認したりすることを勧めています。
ただし、漢字が多いと難しくなる方もいます。
たとえば、
「入浴」
「排泄」
「内服」
こういう言葉は、介護や医療ではよく使います。
でも、本人に見せるなら、
「おふろ」
「トイレ」
「くすり」
の方が伝わりやすいことがあります。
もちろん、人によっては漢字の方が分かる場合もあるので絶対そうだとはいえません。
大事なのは、「大人だから漢字がいい」「ひらがななら簡単」と決めつけないことです。
絵カードは「生活に近いもの」から
絵カードは、言葉が出にくい方や、文字が難しい方に使いやすいことがあります。
ただ、絵カードも万能ではありません。
絵が複雑だったり、漫画風だと何の絵か分からないことがあります。
それにカードが多すぎると、どれを選べばいいか迷うこともあります。
最初は、生活に近いものからで十分です。
- お茶
- トイレ
- おふろ
- ごはん
- 痛い
- 眠い
- 家族の名前
いきなり大量のカードを並べるより、よく使うものを少しだけ置く方が使いやすいです。
市販の教材やコミュニケーションボードを使う場合も、最初から全部を使わなくていいと思います。
本人がよく使う言葉だけを選び、そこから少しずつやっていきましょう。
写真はかなり使いやすいことがある
私が家族におすすめしやすいのは、写真です。
たとえば、
- 家族の顔写真
- よく行く場所
- 好きな食べ物
- いつも使うコップ
- 自分の部屋
- デイサービスや病院の写真
こういう写真は、一般的な絵カードより伝わりやすいことがあります。
「これ、行きたい?」
「この人に電話する?」
「この服を着る?」
写真を見せながら聞くと、本人も指さしやすくなります。
スマホに写真が入っているなら、それだけでも会話道具になります。
特別なアプリを入れる前に、まず写真フォルダを使ってみることもおすすめです。
スマホアプリは「慣れている人」には便利
スマホやタブレットのアプリも、失語症のコミュニケーションを助ける道具になります。
ASHAは、AACには写真、コミュニケーションボード、文字、スマホやタブレットのアプリなど、低い技術のものから高い技術のものまであると説明しています。
NIDCDも、スマホやタブレットの音声出力アプリが、別の伝え方になる場合があると紹介しています。
ただし、高齢者などスマホが苦手な方に、いきなりアプリを使ってもらうのは難しいことがあるので、その点は注意しておきましょう。
画面を開く。
アイコンを選ぶ。
ページを切り替える。
音を出す。
この操作だけで疲れてしまう方もいます。
だから、スマホアプリは「スマホに慣れている人には便利」と考えるくらいがちょうどいいです。
本人がスマホを触るのが好きだった方なら、写真、メモ、音声入力、読み上げなどを試す価値があります。
でも、スマホが苦手なら、紙や写真の方がよい場合もあります。
家族が今日からできる道具の選び方
失語症の会話道具を選ぶ時は、次の順番で考えると分かりやすいです。

① まず2択にする
最初からたくさん並べない。
「お茶か水」
「トイレかおふろ」
「行くか行かない」
このくらいから始めます。
2択で分かりやすければ、少しずつ増やしていきましょう。
2択でも難しければ、はい・いいえに戻します。
② 実物か写真を使う
文字や絵が難しい時は、実物や写真を使ってみましょう。
重症な方には「くすり」と書くより、実際の薬袋を見せる方が早いことがあります。
③ 文字は短くする
文字を使うなら、短く、見やすくします。
「これから入浴介助を行います」
ではなく、
「おふろ」
「いま」
「あとで」
くらいで十分なことがあります。
説明文ではなく、キーワードだけにする。
これだけでも、理解しやすくなります。
④ 本人が疲れたらやめる
道具を使っている時に、本人が疲れているなら、一度やめていいです。
会話道具は、本人を追い込むためのものではありません。
嫌がっているのに続けると、「会話そのものがしんどい」と感じてしまうことがあるので注意しましょう。
⑤ STに相談する
家で試しても難しい時は、言語聴覚士に相談してください。
どの道具が合うかは、失語症のタイプ、理解力、視力、手の動き、注意力、生活場面によって変わります。
家族だけで正解を探すのは大変です。
本人に合う方法を一緒に考えるのも、STの大事な仕事です。
道具より大事なのは「焦らない空気」
ここまで、50音表、絵カード、写真、文字、スマホについて書きました。
でも、最後にいちばん大事なことを書きます。
道具より大事なのは、焦らない空気です。
家族が焦ると、本人も焦ります。
家族が「早く答えて」と思っていると、その空気は伝わります。
本人は言葉が出ないだけでもつらいのに、
「また伝わらなかった」
「迷惑をかけている」
と感じてしまうことがあります。
だから、会話道具を使う時も、正解させようとしすぎないでほしいです。
うまく使えない道具があっても、それは本人が悪いわけではありません。
道具が合っていないだけかもしれません。
50音表が難しいなら、写真に変える。
写真でも難しいなら、実物にする。
選択肢が多いなら、2択にする。
漢字が難しいなら、ひらがなや絵にする。
そうやって、本人に合う方法を探していけばいいと思います。
失語症の学びを深めたい方へ
失語症の家族支援は、待ち方、質問の仕方、道具の選び方でかなり変わります。
家族向けには、まずこちらの記事も参考になります。
STや支援者として、失語症リハをもう少し深めたい方は、専門書やオンライン講座で学ぶのもおすすめです。
失語症、嚥下、高次脳機能障害など、現場で迷いやすいテーマを学び直したいST向けの講座があります。
→ 失語症リハビリテーション実践ガイドを楽天で見る(PR)
失語症の訓練を、もう少し専門的に整理したい方向けの本です。
まとめ|会話道具は、本人に合わせて変えていい
失語症の会話道具について、最後に整理します。
- 50音表は便利だが、合わない人もいる
- 選択肢が多いと、かえって迷うことがある
- 漢字が分かりやすいとは限らない
- 絵カードは、生活に近いものから少なく始める
- 写真は本人の生活とつながるので使いやすいことがある
- スマホアプリは、慣れている人には便利
- 道具より大事なのは、焦らない空気
失語症の会話は、家族にとっても本人にとっても、もどかしい場面が多いです。
でも、伝わらないから終わりではありません。
言葉だけでなく、指さし、写真、絵、文字、表情、うなずき。
使えるものを少しずつ探していけば、会話の入口は見つかることがあります。
焦らずに。
本人に合う方法を、一緒に探していきましょう。



