「なんで言葉が出なくなったんですか?」
「リハビリをしたら、また話せるようになりますか?」
失語症の方やご家族から、こう聞かれることがあります。
これは、答える側のSTにとっても難しい質問です。
麻痺のように目で見えるものではないので、本人にも家族にも伝わりにくい。
でも、伝え方を少し工夫すると、患者さんの不安が軽くなることがあります。
この記事では、失語症で言葉が出ない理由と、リハビリで期待できることを、患者さん本人にも説明しやすい言葉で整理します。
結論|壊れた脳を元通りにする説明ではなく、残った力を育てる説明がおすすめ
失語症の説明では、最初にこう伝えると分かりやすいと思います。
脳の言葉を担当する場所が傷ついて、言葉の道が通りにくくなっています。
でも、残っている脳の力を使って、別の道を作る練習はできます。
ここで大事なのは、「完全に元通りになります」とは言わないことです。
脳梗塞や脳出血で傷ついた脳の一部が、そのまま元の細胞に戻るわけではありません。
ただし、だからといって何も変わらないわけでもありません。
脳には、残っている部分が働き方を変えたり、別のつながりを使ったりして、機能を補おうとする力があります。
これを専門的には、脳の可塑性(かそせい)と呼びます。
💡 脳の可塑性って何?
ざっくり言うと、脳が経験や練習によって、働き方やつながりを変えていく性質のことです。
少しだけ言い換えるなら、
「残っている脳のネットワークが、別の方法で言葉を出そうとしている」
ということです。
研究でも、失語症からの回復には、残っている左脳の言語領域や、右脳を含むネットワークが関わる可能性が示されています。
でもどの脳の場所がどれだけ代わるかは、人によって違います。
だから、患者さんには「リハビリをすることで脳が新しい道を探す手伝いをする」と説明するくらいが、分かりやすくて、言い過ぎにもなりにくいです。
患者さん本人に見せながら説明するなら、こういう図にすると伝わりやすいです。


失語症は「考えていない」ではなく、言葉の出し入れが難しい状態
失語症は、脳の言葉に関わる部分が傷つくことで起こります。
国立障害者リハビリテーションセンターでは、失語症を、脳損傷などによって聞く・話す・読む・書く・計算に障害が出て、コミュニケーションや社会生活に支障が出る状態と説明しています。
つまり、失語症は「話せない」だけではありません。
聞いて理解する。
言葉を思い出す。
文字を読む。
文字を書く。
計算する。
こうした言葉に関わる全ての働きが、いろいろな形で難しくなります。
患者さんに説明する時は、こう言うと伝わりやすいです。
頭の中に考えがないわけではありません。
考えを言葉にする道が、今は通りにくくなっています。
この説明は、本人の尊厳を守るためにも大事です。
失語症の方は、言葉が出ないことで「分かっていない人」と見られてしまうことがあります。
でも、実際には理解できているのに、返事の言葉が出ない方もいます。
言いたいことがあるのに、違う言葉が出る方もいます。
聞いた言葉の意味を理解するところから難しい方もいます。
外から見ると同じ失語症に見えても、実際に起きていることは一人ひとり違います。
だからこそ、説明では「治りが遅い」「努力不足」という印象を残さないことが大切です。
なぜ違う言葉が出たり、時間がかかったりするのか
失語症では、言葉が出るまでに時間がかかったり、言いたい言葉と違う言葉が出たりすることがあります。
これは、言葉の道がスムーズに通りにくくなっているからです。
たとえば「りんご」と言いたいのに、
「みかん」
「赤い、丸い、えっと」
「あれ、食べるやつ」
のようになることがあります。
本人はふざけているわけではありません。
頭の中では「りんご」に近づこうとしているのに、言葉の引き出しがうまく開かなかったり、別の近い言葉が先に出てきたりします。
私は患者さんに説明するときは、こう言います。
言葉の図書館で、探したい本の場所が分かりにくくなっている感じです。
本はちゃんと残っているけれど、 棚までの道が変わってしまって、探すのに時間がかかります。
この説明は、喚語困難(かんごこんなん)を伝える時に使いやすいです。
💡 喚語困難って何?
言いたい言葉があるのに、その言葉をうまく思い出して口に出せない状態です。
また、高次脳機能障害が重なると、注意や記憶の問題で言葉がさらに出にくく見えることもあります。
たとえば、疲れていると反応が遅くなる。
周りが騒がしいと、聞き取りやすい言葉でも理解しにくくなる。
話す内容が長いと、途中で分からなくなる。
この場合は、失語症だけでなく、注意や記憶の負担も一緒に見ていく必要があります。
患者さんに使いやすい説明パターン4つ
失語症の説明は、患者さんの理解力や気持ちに合わせて変えた方がよいです。
ここでは、私が使いやすいと思う説明を4つに分けます。

① 道路工事の説明
言葉が通る道が、今は工事中みたいになっています。
まっすぐ行けないので、遠回りを探しています。
リハビリは、その遠回りの道を使いやすくする練習です。
これは、失語症の説明としてかなり分かりやすいです。
「回り道」という言葉は、本人にも家族にも伝わりやすいと思います。
② 司令塔の説明
言葉を出す司令塔が傷ついて、命令がうまく届きにくくなっています。
でも、残っている場所が手伝えることがあります。
練習しながら、別の出し方を探していきます。
ただし、「代わりに全部やってくれる」と言い切るよりも、
「手伝えることがある」くらいが安全かと思います。
③ 図書館の説明
言葉の図書館で、言いたい言葉の本を探している状態です。
本が見つかりにくい時は、ヒントを使います。
「赤い」「果物」「丸い」のように、近い言葉から探す練習をします。
これは、呼称訓練や語想起の説明に向いていますね。
患者さんが「言葉は分かっているのに出ない」と感じている時に使いやすいです。
④ 新しい道の説明
前と同じ道だけで話すのは難しいかもしれません。
でも、文字、絵、指さし、ジェスチャーも使いながら、伝える道を増やせます。
話すことだけがゴールではありません。
これは、症状が重い方や、言葉だけでの会話が難しい方に大切な説明です。
「話せないなら終わり」ではなく、伝える方法を増やす。
ここにリハビリの意味があります。
リハビリは効果があるのか
結論から言うと、失語症の言語聴覚療法には、効果が期待できると報告されています。
ただし、全員が元通りに話せるという意味ではありません。
研究では、脳卒中後の失語症に対する言語聴覚療法は、治療なしと比べて、機能的コミュニケーション、読む力、書く力、表出言語の改善に有益だったとまとめられています。
また、強度が高い訓練や、量が多い訓練、長い期間の訓練がよい可能性も示されています。
一方で、内容の濃い訓練は誰にでも合うわけではありません。
疲れやすい方、意欲が落ちている方、病状が不安定な方に、無理に長時間の訓練をすればよいわけではないです。
患者さんに説明するなら、私はこう言います。
リハビリで「前と全く同じ」に戻るとは言い切れません。
でも、言葉を出す練習、ヒントの使い方、別の伝え方を練習することで、伝わる場面を増やせる可能性があります。
これは希望を残しつつ、言い過ぎを避けられる説明です。
リハビリの目的は、検査の点数だけを上げることではありません。
「水がほしい」と伝えられる。
家族に「痛い」と言える。
好きな食べ物を選べる。
病院やデイサービスで、自分の希望を少しでも伝えられる。
こうした生活の場面が変わることも、リハビリの大切な効果です。

「治りますか?」と聞かれた時の答え方
「治りますか?」と聞かれた時、私はとても慎重に答えた方がよいと思っています。
患者さんは、希望を知りたい。家族も、見通しを知りたい。
でも、STが「治ります」と言い切ることは残念ながらできません。
失語症の回復は、脳の損傷部位、損傷範囲、発症からの時期、年齢、体力、合併症、訓練量、生活で言葉を使う機会などに左右されます。
同じ「失語症」でも、経過は本当にバラバラです。
私なら、こう返します。
どこまで回復するかは、今の時点で言い切れません。
ただ、練習で伸びる部分や、別の方法で伝えやすくなる部分はあります。
できることを一緒に探していきましょう。
この言い方なら、希望も現実も両方入ります。
「治る」「治らない」の二択にしないことが大切です。
失語症の方にとって、言葉が出ないことは、自分自身を失ったように感じることもあります。
だから、説明するSTの言葉はとても大きいです。
家族に伝える時は「待つこと」もリハビリになる
家族には、リハビリの内容より先に、待つことの大切さを伝えたいです。
失語症の方は、言葉を探すのに時間がかかることがあります。
その時に家族がすぐ答えを言ってしまうと、本人が言葉を探す機会が減ってしまうこともあります。
もちろん、ずっと待てばよいわけではありません。
本人が疲れている時や、イライラしている時は、ヒントを出した方がよいです。
たとえば、
- 最初の音だけ言う
- 選択肢を2つにする
- 絵や写真を見せる
- 書いて見せる
- 指さしやジェスチャーを使う
こうした支援は、言葉を奪うためではありません。
本人が伝えられる道を増やすための支援です。
関連記事でも、失語症の方との会話で「待つ」ことについて書いています。
ST向け|説明で気をつけたい言葉
STが説明する時に、避けた方がよい言葉もあります。
たとえば、次のような言い方です。
- 「脳が死んでいるので無理です」
- 「もう戻りません」
- 「やれば治ります」
- 「本人が頑張れば話せます」
- 「認知症みたいなものです」
どれも、患者さんや家族を傷つけやすい言葉です。
もちろん、現実を伝えることは必要ですが、現実と絶望は同じではありません。
私なら、こう言い換えて伝えます。ぜひ参考にしてみてください。
- 「傷ついた部分が元通りになるとは限りません」
- 「残っている力を使って、伝える方法を増やしていきます」
- 「回復には個人差があります」
- 「疲れや体調でも言葉の出方は変わります」
- 「失語症は認知症とは違います」
言葉が出ない患者さんほど、説明を受けた時の表情や空気をよく感じていることがあります。
だから、こちらの説明は、正しさだけでなく、受け取る人の気持ちまで考えることが大切です。
まとめ|リハビリは「言葉の道を増やすお手伝い」
失語症で言葉が出ないのは、本人の努力不足ではありません。
脳の言葉に関わる部分が傷つき、言葉の出し入れが難しくなっている状態です。
傷ついた脳がそのまま元通りになるとは限りません。
でも、残っている脳の働きや別の伝え方を使って、伝わる場面を増やせる可能性があります。
患者さんに説明する時は、
- 言葉の道が通りにくい
- 脳が回り道を探している
- リハビリはその道作りを手伝う
- 元通りとは言い切れない
- でも伝える方法は増やせる
このくらいに整理すると、分かりやすいと思います。
失語症のリハビリは、話す練習だけではありません。
本人が自分の思いを伝えられる方法を、一緒に探していくこと。
それも大切なリハビリです。
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失語症の方との会話道具については、こちらでも整理しています。
失語症と認知症の違いを家族に説明したい方はこちらも参考になります。
参考にした情報
- 国立障害者リハビリテーションセンター|言語聴覚療法
- Brady MC, et al. Speech and language therapy for aphasia following stroke. Cochrane Database Syst Rev. 2016
- Kiran S, Meier EL, Johnson JP. Neuroplasticity in Aphasia: A Proposed Framework of Language Recovery. 2019
- Wilson SM, Schneck SM. Neuroplasticity in Post-Stroke Aphasia: A Systematic Review and Meta-Analysis. 2021
- 国立障害者リハビリテーションセンター|高次脳機能障害の標準的リハビリテーションプログラム
※本記事は、現役STとしての経験と公開情報をもとに作成した一般的な情報提供です。失語症や高次脳機能障害の症状、回復の見通し、訓練内容は一人ひとり異なります。具体的な診断や治療方針は、主治医・リハビリテーション科医・言語聴覚士にご相談ください。



